PSO2にてまったり活動中。 RPだとかその他いろいろ雑文書きとか。
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白銀 桜

Author:白銀 桜
万華鏡、うつくしいかたちをみるもの。
映るものを、言葉に変えて。

日常、PSO2/PSUでのRP、創作など。

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 広報部が持ってきたとかいう企画……アークス学園だったか、本当はもっとよく判んないようないかがわしい名前だった気もするけれど。それに乗っかって、久しぶりに制服なんか着させられて。ついでに貰った資料を酒の肴にしようか、なんて。何となく端末を弄りだしたのが、あたしの運の尽きだったんだろう。
 年表を辿る目が、10年前の日付に釘付けになる。
 『10年前の死闘』なんて、それらしい名前で飾られたその日。
 ――あの日から、あたしは失い続けているのかも、しれない。




 スクールで避難していた私の元には、いつまで経っても両親からの連絡は入ってこなかった。待ちわび、待ちかねて、やんわりと引き止める教師の手を振り払い、街中に駆け出た足が止まったのを、まだ覚えている。
 見慣れた街並みは、見渡す限り灰黒の煙が立ち込めていた。賑やかな並木通りは、倒れた街路樹と割れて積み重なったアスファルトで、見る影もなかった。
 嗅いだこともない臭気にこみ上げる吐き気を堪えながら、立ち止まりそうになる震える足を引きずりながら、家の近くに着いた時。――胸に迫る不穏な何かは、不意に現実の痛みになり始めていた。
 閑静な住宅街は、もうなかった。
 瓦礫ばかりの中に見え隠れする炎は、細く細くどす黒い煙をあげ続けていた。震えながら目を逸らす足元には、赤黒くぬめる水たまりが広がっていて、――私はずっと続いていた吐き気の理由に、ようやく思い至った。
 よろけた足が、水しぶきを跳ね返す。白かったソックスはもう、元の色を留めていなかった。
 そして、ここまでの状況なのに、周囲が酷く静かなことにも気が付いた。
 助けを求める声もなく、助けに来る姿もなく、私のように惑う人もいなかった。
 炎が瓦礫を弄ぶ、耳を弾くような音だけが、跡形もない街に響いていた。
 のろのろと家路をたどる私の足は、もう水たまりも瓦礫も避ける力がなかった。誰とも、誰にもすれ違えないまま、数分が過ぎて。……家だった場所は、そこだけ嵐に放り込まれでもしたかのような有様だった。母親が自慢にしていた花壇も、父親が寛いでいた庭も、小さいけれど居心地の良かった部屋も、全てが瓦礫に変わっていた。
 すべてが、消え失せていた。
 ――初めてそこで、足の力が抜けた。強く打ち付けたはずの膝も、血の滲み出した掌も、不思議と痛みは遠かった。涙も出なかった。金属の焦げたような、むせるような臭気に喘ぎながら、私は独り、声も出せなかった。
 ……俯いていた視界に、その光がちらついたのは未だに不思議で仕方ない。何かが視界の端を通った気がして、私は家だった瓦礫に目を向けた。
 そして、2本の手が瓦礫の下から辛うじて延ばされているのを、見た。
 ――繋がれた左手同士、薬指に小さく光る指輪。離れていたけれど、私の目はそこに刻まれたお揃いの花の模様も見取っていた。
 今度こそ、呼吸が止まった。
「――助けて!! 誰か……っ、誰か、早く……助けてぇ……!!!」
 声が、響き渡った。誰の返事もない瓦礫の街に、響いて、消えた。――どれくらい叫んでいたのか、覚えていない。
 病院に運ばれた時には、両手全ての爪が割れていたらしい。どんなに手を尽くしても悲鳴をあげ続けた私は、最終的に薬で眠らされたらしい。薬が引きずり込んだ眠りは深く、私が目を覚ましたのは2日後だったらしい。
 その時には、全てが終わっていた。
 渡された事務的な書類だけが、両親が既にこの世に居ないと示していた。
 最期にも会えず、別れ際に一目見ることも叶わず、汚染の恐れがあるからと、形見一つ遺されず。――私は親を、喪った。



 呆然としたまま病院を出て、言われるままに手続きを済ませると、私の手元にはそれなりの桁の金額が残された。その金を肌身に着け、私は毎日崩れた街を彷徨っていた。
 学校に行く選択肢は浮かばなかった。あの日の制服は捨てられていたし、両親の期待に応える必要も無くなってしまったかららしい。況してや、誰かに頼ることも思い浮かばなかったのだから、思考停止も甚だしかったのだろう。
 昼間はまだ良かった。少しくらいみすぼらしい格好の子供がうろついていたところで、先日の被害の所為だと誰もが納得するような目を向けてくる程度だったから。
 夜になると、子供とはいえ女である私を見る周囲の目がぎらつくのに、嫌でも気付かされた。仕方なく、膨らみかけた胸を潰すように布を巻いた。あの日以来、更に細く痩せた体を大きすぎる服に包み、顔も髪も泥で汚し、息をひそめるように薄暗がりの中で日々を過ごした。
 何故、そうしているのかは考えられずにいた。自殺するほどの蛮勇はなく、かといって胸を張って独りで生きるには幼すぎた。ただ、日々を重ねるにつれて、僅かずつとはいえ削られるように消えていく両親の遺産に怯えていた。唯一遺された両親からのモノを、自分一人が食い潰していくのが怖かった。そうやってでも生きようとする自分が、許し難かった。空腹や乾きや、眠気や疲れを感じることが解せなかった。
 どうしてこんなにも意思に反して、自分の身体が生きようと足掻くのかが判らなかった。
 そうこうするうちに、あの日から一月が過ぎようとしていた。日に1個のパンを摂り、餓える体を誤魔化すように水を口にした。身体はどんどん痩せ細っていくのに、まだまだ死には近づけずにいた。
 その日、その場所を通りかかったのは本当に偶然だった。夕闇が迫る時間、そろそろ身を隠す場所を見定めなければいけない時間だったはずなのに、その店の前で足がふと止まってしまった。
 そこは、レストランというには小さすぎる料理店だった。
 古い、けれどぬくもりを感じるその店の中には、くるくると働く老夫婦が居た。常連らしい客に話しかけ、笑顔になり、相槌を打ちながら、忙しくも幸せそうに見えた。ガラス1枚で分かたれた風景は暖かさに満ちていて、私の立つ路地裏とは別世界にしか思えなかった。
「……どうした」
 不意にかけられた声に、全身に悪寒が走った。どれだけの間、ここにこうして立っていたのか、空はすっかり闇に覆われ、雨も降りだしていた。
「どうしたって聞いてるんだ。口が利けねぇのか」
 割れ鐘のような、というより……むしろ割れ鐘でいろいろなものを殴っているような迫力のある大声。怯えていることを自覚しながら見上げると、さっきまで中に居たはずの老夫婦が私の側に立っていた。状況把握が出来なくて、混乱する私の腕を、お婆さんが引いた。
「いらっしゃいな、すっかり濡れちゃって……風邪を引いたらいけないわ」
「おい。口が利けねぇのか、お前」
「……汚れ、てる、し……ご迷惑、かけたくない、です」
 一月ぶりに発した声は、ひび割れていた。声を聞いたお爺さんは、驚いたように私の顔を覗き込んだ。
「お前、女かぁ!?」
「あなたったら、もう……そういう言い方する人がありますか!」
「や、だってよぉ……こんな小汚ぇ形してるからよぉ」
「理由は後から聞けば良いでしょ、このままじゃ身体を壊しちゃうわ」
「それもそうだな……おい、早く入れ」
 お爺さんに無理矢理店の中に引きずり込まれ、私は一月ぶりに暖かな部屋の中に居た。お爺さんは私の姿を明るい部屋の中でまじまじと眺めて眉を顰めた。……その顔に、まともに鏡すら見ない生活をしていたことに改めて気付き、私はドアの方へ後ずさった。
「おい、風呂沸かしてやれ。あと服な、適当に着せてやれ。まともなのは後で揃えてやりゃあ良い、とにかく風呂と飯だ、話はそれからだ」
「はいはい」
「……え?」
 何が起きているのか、判らなかった。老夫婦は私の困惑を他所に、私を店の奥へ追いやった。遠慮や辞退などする暇もなく、私は襤褸をはぎ取られて、湯船に放り込まれていた。
「こんなに綺麗な髪なのに……あぁほら、動かないで、泥取っちゃうからね?」
「じ……自分で、やりますから」
「良いからあったまってなさい、悪いようにはしないから、ね?」
 お婆さんは湯船の中の私の髪を丁寧に梳き解してくれていた。そしてその間中、他愛もないことをずっと語りかけてくれていた。ここ最近の天気のこと、店の常連のこと、新しいメニューがなかなか仕上がらなくて困っていること……きっとそれは、私がガラス越しに見た時に話していたことと大差ないことなんだろうと、何故か思った。
 そのままお婆さんに徹底的に洗われて磨かれて、ようやく人並みの姿になった私を、お爺さんは大量の料理で出迎えてくれた。絶句する私に、お爺さんは顎で椅子を示しながら腕組みをした。
「食え」
「……でも、私」
「年端もいかない小娘が遠慮なんかするんじゃねぇ。さっさと食え」
「年寄りの作るものだからね、あんまり口に合わないかしらねぇ」
「うるせぇな、どうせ俺ぁ爺だよ」
「あなたが爺ならわたしも婆ですねぇ」
「口が減らねぇな、んなことどうでもいいんだよ。さっさと食わねぇと不味くなるだろうが、お前食い物粗末にする気かぁ?」
「え、違……いただき、ます」
 老夫婦の勢いに押されて、私はスプーンを手に取った。目の前に置かれた湯気の上がるスープを恐る恐る口に運ぶと、身体中に熱が染みるのが判った。味は、後からついてきた。
「どうだ、美味いか。こっちも食え、ゆっくりで良い」
「沢山お食べなさいね、女の子がこんな痩せっぽっちじゃいけないわ」
 久しぶりのまともな食事は、私をゆっくりとあの日以前まで引き戻してくれるようだった。丁寧に作られた料理は、老夫婦そのもののようにさえ思えた。
「もう良いのか?」
「……はい。ありがとうございました、ご馳走様です」
 言って、着替える時に忍ばせていたお金を差し出そうとした時、また割れ鐘が頭の上から叩き付けられた。
「だぁから、小娘が気ぃ遣ってんじゃねぇ!」
「え、あ、」
「お前は俺らが招いた客だ、招いた奴から金なんぞ貰うわけがねぇだろうが」
「でも……」
「るせぇ! そんなら食った分、お前の話を聞かせてみろ。良いな?」
 ……そして、老夫婦は私の話を、ゆっくりと時間をかけて聞き出した。私はつかえながらも、あの日までの、そしてあの日からのことを思い出しながら話した。私が話す途中で、お婆さんは涙を拭っていた。隣に座るお爺さんの眉間の皺は、深く深く刻まれていた。
「……お前、幾つだ」
「13、です」
「学校はどうした」
「……行って、ません」
「行け。ここから通え」
「え、」
「この一月、下宿先を探してたとでも言えばいい。身寄り、ねぇんだろう」
「…………」
「おいあれだ、ツケ貯めこんでるあの野郎呼び出せ。――何も養子に取るとかそんな小難しい話じゃねぇ。アイツの伝手辿らせて、俺らがコイツの身元引き受けたって書類作らせろ」
「あらあら、アークスさんたら、職権濫用ねぇ」
 お婆さんは少し笑うと、席を立ってそのまま何処かに連絡を取り始めた。混乱する私に、お爺さんは険しい顔を向けた。
「お前も薄々気付いてんだろう。この一月、てめぇの身にあの日以上の悲劇が起こらずにここまで来れた幸運をよ。――お前みたいな小娘が、独りでどうこう出来る世の中じゃねぇ。俺らが善人だって保証はねぇが、悪人だって保証もねぇ。だったら試しに、信じてみりゃあ良い」
「……これ以上のご迷惑を、かけたくありません」
「ご迷惑なら端っからお前を中に入れたりしねぇや」
「でも、何で……どうして、私を?」
「――娘に、似てるのよねぇ、あなた」
 戻ってきたお婆さんの言葉に、私は呆然とその顔を眺めた。お爺さんはあからさまに不機嫌な顔を背け、それに苦笑したお婆さんは言葉を続けた。
「随分と昔のお話だけどねぇ。――あなたくらいの歳で、事故に遭ってしまったの。それ以来、わたし達は夫婦だけでやってきててねぇ。うふふ、きっと年寄りの気まぐれな道楽なのかもしれないわねぇ」
「……あーあー、年寄りは余計なことばっか喋っていけねぇや」
「はいはい、お婆さんですからねぇ」
「悪かったな、クソ爺で!――いいか、お前。学校は出ておけ、勉強は邪魔にも無駄にもならねぇ」
  割れ鐘を投げつけたような声でお爺さんは吠えたけれど、その目は言葉の無愛想さとはまるで正反対の優しい光を見せていた。お婆さんは頷いて、私の手を取った。
「必要なものは全部揃えましょ? 女の子なんだから、沢山お洒落もしなくちゃねぇ。あなた美人さんになるから、きっと楽しいわ。……あらいけない、大事なことを忘れてたわねぇ。あなた、お名前は?」
「……オミフリ、といいます」
「オミフリ……変わった響きねぇ」
「……“霞”、かぁ。良い名前だなー」
 初めて聞く声に肩が跳ねた。お爺さんの眉根が一気に寄って、割れ鐘が今度は私の背後へ叩き付けられた。
「てめぇオラ! ウチのに手ぇ出す暇があんならさっさとツケ払いやがれ!」
「いや、今月装備新調したせいでマジ資金難っていうかマジ今餓死寸前、マジ借金で首回んねー……また今度な、今度! ってかうっわ、めっちゃご馳走並んでんじゃん、食っていい?」
「あらあら、来るなり賑やかねぇ。手は洗ったのかしら、ヴラズィさん?」
「食わせる前にこっちの用件が先だ!」
 ……唖然とする私の前で、その男――ヴラズィは、端末を弄って老夫婦に見せつつ、諸手続きの話をしながら、目の前の料理を次々と平らげていった。お爺さんは腕組みしながらそれを聞き、男の食べっぷりを何処か満足げに眺めていた。お婆さんは新しくお茶を淹れ直してくれていた。私は立ち上がり、お茶のトレイを手に取った。
「あらあら、ありがとねぇ?」
「……お手伝い、させて下さい」
「うふふ。ね、あなたのこと、カスミ、って呼んでもいいかしら?」
「え……?」
「さっき、少し言いにくそうだったでしょ?――もしあなたが良ければ、ここでわたし達と一緒に新しく生活をしてみない? その時にね、あなたが先に進むために、もうひとつの名前で呼ばせてもらいたいのよ。あなたがもう少し大きくなって、自分の名前をちゃんと名乗れるようになるまで、ね?」
 お爺さんは私たちの会話を聞いていたのか、私と目が合うと1度だけ頷いてくれた。それを見たお婆さんが優しく笑ってくれて、私は――とても単純だけれど、ここで暮らすことを、選んだ。



 それからの毎日は、とても幸せだったことを覚えている。
 もう1度スクールに通い、遅れを取り戻しながら、私は老夫婦の店を手伝った。私が料理の基本すら知らないと知ったお爺さんは、相変わらずの割れ鐘であちこち殴りつけるような声でダメ出しと褒めることを繰り返してくれた。基礎を覚えると、賄いと称した夕飯を作るのは私の役目になった。
 例の男はしょっちゅう、その賄いをつまみにやって来た。私が作る、どんなにイマイチな料理でも男は文句ひとつ言わずに平らげ、寸評を残していった。そんな男がアークスの一員で、市街地の哨戒勤務の合間を見ては老夫婦の店でサボっていることも知った。聞いてもいないのに、私より7歳上で恋人もいないことも教えられた。
 店の常連にも、私の存在は少しずつ馴染んでいったようだった。制服にエプロン姿のウェイトレスに最初は珍しがられもした。引き取られて以降、痩せた身体は少しずつ元のラインを取り戻した……どころか、思いがけずあちこちが急成長して、嫌が応にも無遠慮な視線が刺さるのを感じることも多かった。けれど、老夫婦のためにと慣れない給仕や配膳をする姿は、次第に認められていったようだった。
 ――忙しいけれど、優しい毎日の中でいつしか、私の中で、こんな店を自分で切り盛り出来たら、と。そんな夢さえ、生まれていた。
 数年は、あっという間に過ぎた。
 ある日、賄いを口にしたお爺さんは、私を見ずにお婆さんに話しかけた。
「――おい、日替わりにコレ入れとけ」
「あらあら、……うふふ、判りました」
 私の前で、お婆さんは日替わりのメニューを書き込む小さなボードに、その日私が作った肉じゃがを追加した。混乱する私に、お爺さんは肉じゃがをかき込みながら言った。
「5年でここまでモノになりゃあ十分だ。――お前、これからの進路はどうする気だ」
「……私、……出来るなら、料理で身を立てたい、です」
「良かったですねぇ、あなた」
 お婆さんがにこにこ笑いながら、書類を出してきた。それを受け取ったお爺さんは、目を逸らしたまま私に突き付けた。
「こいつは俺らからの餞別だ。……俺が知ってることは全部教えた。店に出せるくらいの腕はお前にゃあるが、もう1度基礎から勉強し直して来い」
「これ……専門学校、の、入学手続き……? え……お爺様、」
「……このくらいさせろや」
 お爺さんは少し顔を赤くしたまま、席を立った。お婆さんは笑顔で、私を抱きしめた。
「カスミ、あなたが居てくれて、本当にあの人もわたしも幸せなのよ? 本当の親にはなれないかもしれないけど、あなたが願うこと、望むことは出来る限り応援したいのよ」
「お婆様……ありがとう、私……お爺様にも、お礼言わなくちゃ」
「……あら、やだわぁ。あの人、逃げたわね」
「え?」
「うふふ、柄にもなく照れちゃって。……結構可愛いでしょ?」
 お婆さんが悪戯っぽく笑うのに、私もつられて笑っていた。
 スクールを卒業して、専門学校に通いだして。私は住み込みでいろいろな店の厨房へと入らせてもらっていた。2年間、技術と味を体に叩き込ませるのに夢中だった。
 ……だから、その知らせはあまりに急すぎた。
「――入院って、何で」
「理由までは聞けてないって。心当たりないのかよ……ってそうか、お前さん今住み込みやってんだったか」
「……何処?」
「送ってやるよ、その方が早いだろ」
 余計なお節介だと何度も言っているのに、男は全く堪えていないようだった。男の車で病院に着くと、尋ねた病室へと向かう足が早まった。……自分が思う以上に、私は焦っていた。
 飛び込むように病室に入ると、思いがけず痩せた姿の老夫婦が並んだベッドの上で微笑んでいた。
「おぅ、早かったな」
「あらあら、暫く見ない間に、ますます美人さんになったわねぇ、カスミ」
「ご無沙汰してました、でもどうして……身体の具合が良くないなら、すぐに知らせて下さらなかったの……?」
「相変わらず堅っ苦しい話し方しやがるなぁ」
 小さく咳込みながらお爺さんが苦笑した。そこに、医師の回診が入り、私は少し離れたところでそれを見つめていた。老夫婦が記憶していたよりも小さく見えることに、動揺していた。暫くして、医師は私を促して廊下へ出た。
「お孫さんですか?」
「……そんなところです」
「では、お伝えしなければいけないことが。お二人の病状ですが……既に病気の進行が、薬でも手術でも抑えられない、手の施しようがない状況です。お二人とも延命治療並びに措置は行わず、今後は自宅療養を続け、自然に任せることを望まれています」
「……は?」
「お聞きではなかったんですか?」
 ……それ以上の医師の説明は、耳に入らなかった。話もそこそこに病室に戻ると、2人は私の表情で察したのか、軽く苦笑を浮かべていた。
「どうして――言ってくれなかったの……?」
「学校があったろ」
「そんなコトより、」
「そんなコトたぁどういうつもりだ、えぇ? 半端は許さねぇって教えたのは俺だったと思うがなぁ」
 ――久々に聞いた割れ鐘のような声は、かつての勢いを失くしていた。お婆さんに手招かれ、私はのろのろと近付いた。優しい手が髪を撫でながら、笑みを含んだ。
「年寄りは先に逝くものよ?」
「……でも、私……まだ、何も返せてない」
「わたしもこの人も、見返りが欲しいからあなたと居たわけじゃないのよ? わたし達こそ、あなたからはたくさん、貰ったんだからねぇ、カスミ」
「――亡くした娘の代わりだと思ってたんだがよ。気が付きゃあ、こんなに美人に育ちやがって、腕まで俺よりつけやがって……俺らには過ぎた娘だよなぁ」
 お爺さんが私の頭を揺さぶるように撫でる。俯けば、涙が落ちそうだった。だから私は2人を見て、小さく笑った。
「……親孝行、するから。ウチに帰るんでしょう?」
「おぅ、こんな辛気臭ぇとこなんざ、さっさと出たいからな。――おい、てめぇ、何ぼさっとしてやがる。さっさと退院手続き済ませてこいや」
「あれ!? オレ空気かと思ってたらパシリ!?」
 男はお爺さんに小突かれて、頭を掻きながら病室を出ていった。
 2人が退院してからの毎日は、幼い頃のような穏やかさに満ちていた。理由を話して住み込みのバイトを辞め、学校が終わると飛んで帰った。2人にお茶を淹れて、他愛ない話をして、夕飯を作って――時々男が押しかけてきて4人になったけれど――で、テーブルを囲んだ。料理のこと、私の夢のこと、将来のこと……話は尽きず、夢ばかりが膨らむ、夢のような毎日が、静かに過ぎていった。
 別れの日は、唐突だった。
 帰った私を出迎えたのは、静寂だった。背筋に氷が一欠片、落ちた気分になった。声も出せないまま2人の寝室に行くと、ドアは薄く開かれていた。中から溢れている光が、目に痛かった。
「お爺様……、お婆様」
 掠れた声で、2人を呼んだ。返るのは静寂だけと何処かで知りながら、私は寝室へ身体を滑り込ませた。
 寝室には、柔らかな光が満ちていた。窓から射し込む光が、まるで絵のようにベッドに落ちていた。並んだベッドの上、穏やかに微笑んで、2人は私を待っていた。
「あぁ……良かったわ、あなたの顔をちゃんと見たかったのよ、カスミ」
「――済まんな」
 2人の手を取り、声もなく、私は首を横に振り続けた。
 あたたかな感謝の言葉も、優しく力ない手が髪を撫でるのも、堪えきれなかった。今この瞬間にも離れていこうとする温もりが、今更のように悲しかった。
「お爺様、お婆様……ありがとう、大好きです……」
 泣きじゃくりながらどうにか声にした言葉に、2人は花開くように微笑んでくれて、そして。
 ――握った手の力が、失われた。
 私は手を、離せなかった。2人のベッドの間に跪いたまま、泣いていた。2人の手が冷たくなるのが怖くて、辛かった。温もりがもうないのだと、知りたくなかった。
 真っ暗な寝室で啜り泣く私を見つけた男は、一目で全てを理解すると、私をそこから連れ出した。私は抵抗もせず、男の言うがままに喪服を纏った。
 それから数日間の記憶は、ほとんど残っていない。ただひたすら、涙だけが流れていった。全ての手続きが終わったと書類を持ってきた男に、私は珍しく話しかけていた。
「――何も出来なかった、私」
「十分すぎるくらいだったろ?――来る人間来る人間、穏やかな顔だったって言ってたのは、お前さんのおかげだっての」
「……でも」
 私の中に残るのは、後悔だった。……幼く未熟だった私を人らしく育て、慈しんでくれた人たちへ、何も返すことなく別れを迎えてしまったこと。穏やかな最期を看取ってしまったことが、それに拍車をかけていた。
「……最後、」
「え?」
「最後に何て言ってやったんだよ」
「……ありがとうと、――大好きです、って」
「……幸せに決まってんだろうが、馬鹿野郎」
 男は小さく舌打ちすると、手にしたカップを私に突き付けた。何処か焦げたような香りが、鼻をくすぐった。
「ほら、淹れてやったぞ」
「……コーヒー?」
「あぁ」
「……うわまっず」
 口を付けた瞬間に思わず口走った私に、男は珍しく顔を真っ赤にして反論してきた。
「うっせえ! インスタントしか使ったことねーんだよ、文句あんならお前が淹れろよな!」
「……逆切れとかマジないわぁ……超ウザぁ……」
「くぁ……このガキ……!」
 お婆さんに教わった通り、手順を踏んでコーヒーを淹れる……ただそれだけの、いつもやっていたはずのことが、今は何故かひどく愛おしかった。今は居ない人たちと、未だ繋がっていると思えるだけでも幸せだった。
「……うわうめぇ」
「当たり前でしょ」
「で、お前さん、これからどうするんだ?」
 男は嬉しそうに淹れたコーヒーを啜りながら切り込んできた。私が俯くと、男は別の書類を取り出した。
「生前、爺さんから頼まれてたんだけどな、これ。――やる気あるなら、オレがスポンサーやっても良いぜ?」
「……何これ」
「お前さんの店」
「は?」
「オープンは学校出てからになるだろうけど、それまでにリフォームもかけられるから良いだろ。食器だとか細かいもん、いろいろお前さんの趣味で揃えたいだろうしさ。最初の資金はまぁ、オレも結構稼いでるし何とかしてやんよ、出世払いでな!」
「……何言ってんの?」
「いやあの、結構真面目にオレ話してたんだけど……?」
 男が困ったように頭を掻いた。――書類は、小さな店の間取り図だった。見る限り、店は老夫婦の店よりももう少し手狭で、1人でも切り盛り出来そうに思えて、私は男の顔を改めて眺めた。
「……頼まれたんだって。この店売りに出して、お前さんのための店を遺したいって言われてさ。この図面の配置も、爺さんと婆さんが頭付き合わせて一生懸命考えてさぁ……業務外どころか専門外だけど、そんなん放っておけねーだろ」
「……お爺様と、お婆様が」
「お前さんさ、自分で思ってる以上に愛されてたんだよ」
 男の言葉が、また引き金になった。……涙が零れ落ちて、図面に跳ねた。老夫婦の不在が、胸を潰すように苦しかった。ぼろぼろと声もなく涙を流し続ける私に、男は小さく溜息をついた。
「……だー……判ってっけど、泣くなよな……」
「……う、るさ……」
「……つけこむぞ、このガキ」
 男の腕が私を捕まえるのは、一瞬だった。逃げる間もなく、私の身体は男の腕に囚われていた。力は思いがけず強く、男が私の動きを封じるのは、余りに容易かった。
「……爺さん達に頼まれなくたって、面倒見たっての。オレが何年通ったと思ってんだよ」
「何、それ……意味判んな、」
「お前さんがここに来てから、だから……うわ、もう7年かよ。長くね?」
「……ロリコン?」
「十分大人だろ、もう。――ったく、逃げんなよ。そんなんじゃ逸らせねーよ、ガキが」
 男の腕が私を抱きしめて、熱を伝えた。身動きも出来ず、涙だけが変わらずに流れ続ける私の耳に、男は笑って囁いた。
「言っただろ、お前さんの弱みにつけこんでやるってさ……なぁ、霞」
 ……その後の記憶は、泣いて泣いて、縋ったことしか、覚えていない。



 ……頭が重い。気が付けば、テーブルの上の瓶が1本、空になっていた。ぼうっとする視界に、ワインレッドのモノが映り込む。目を上げると、妙に端正な顔立ちのサポートパートナーが真面目くさった顔で立っていた。
『報告案件があります。探索成功、と言って差し支えのない成果です』
 重いままの頭を振って収集させた素材を受け取ると、乱暴にコンソールに次の探索先を入力する。無機質な声が、目が、私……あたしを見て、答えた。
『わかりました』
 ――誰かが、知っているんだろうか。いつか呼ばれたことのある名前が、サポートパートナーの名前になって部屋に届けられた時、流石に言葉を失った。本部に返品の申し入れをしたのだけれど、受理されないまま数か月が過ぎている。これはもう、なし崩しに居座られるんだろう。……気分悪いけれど。
「……自分の名前、か」
 小さく呟いて苦笑する。結局あの日以来、私は本名を名乗る勇気を持てないままでいる。お婆様のかけてくれた言葉は、今も胸に残るけれど――未だにあたしは、花を嘯いたままだ。
 空になったグラスを眺めて、苦笑する。目尻が微かに濡れているのは、夢の所為にしておこう。過ぎたことを思い出しても、感じる痛みは薄くなった、はずだから。
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